大いなる何か

私の母は、認知症のため

施設に入居しています。

月に一度、15分だけ、

非接触の面会が許されています。



会いに行くと、

私が誰かわからない日もあれば、

一時的にわかる時もあります。



先週の面会は、

私のことがわかっているようでした。



私は10代から摂食障害、

20代からひきこもりになり、

その発症前から、

母と何十年にも渡る葛藤、

確執がありました。



母の手料理も

何十年も拒み続けてきました。



面と向かって会話らしい会話もできず、

目を合わせることもできなかったのです。



それにもかかわらず、

母は私を見捨てることなく、

ずっと私の回復を信じて待ってくれました。



2年前に父が亡くなってから、

母にとって頼れるのは

私ひとりになりました。



先週は87歳になったばかりの母に会いました。



透明の壁越しでお互いに

トランシーバーで声を聞きます。



「この前のお誕生日、おめでとう!

元気?毎日何して過ごしてるの?」

と声をかけると、

それには答えずに、とつとつと、

こんな言葉をかけてくれました。



「何か食べたいものはないですか?」



「何か欲しいものはないですか?」



「何かやりたいことはないですか?」



「あなたに会えて良かった」



「ありがとう」



2年前母は棲み家を離れるまで、

私のことをいつも心配してくれていました。



私の食べるものはあるか、

足りないものはないか、

好きなことを楽しんでいるかについて、

子供の頃からずっと気にしてくれました。



身体が不自由になり

記憶もおぼつかない今の母から

そう言われると…



母の口を借りて、

ご先祖様や大いなる何かからの

言葉にも聞こえてくるようで…



「私は守られている」

「私は愛されている」

と、感じることができました。



私はひとりではなく、

たくさんの命の上に守られて

生かされているのだと

しみじみ思いました。



今日も一日ありがとうございました。

活動できる心と、身体と、豊さと、

命に感謝します。






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