大通りから玄関まで
七十八段の階段
片手に杖を
もう片方で手すりにつかまりながら
一段一段
ゆっくりとのぼる
父の背後から
ズボンのベルトを
私の指にひっかける
父の呼吸と動きに合わせて
一段下から腰を引き上げる
右足を上げて
一段上で踏ん張って
よっこいしょ
左足を右足に揃える
一段一段
息を切らしながら
慎重にのぼる
時々左右を交代
左足を上げて
一段上で踏ん張って
よっこいしょ
右足を左足に揃える
視界が開ける踊り場
阿吽の呼吸で並び
手すりに腰をあて寄りかかる
無言の小休止
同じ方角を眺めながら
呼吸が落ち着くのを待つ
「行こうか」
父が歩みを始めると
再び背後にまわり
父のベルトに指を引っ掛け
一段下から腰を引き上げる
踏み外さないように
関節が浮かないように
再び骨折しないように
慎重に 慎重に
父の呼吸や動きに合わせて
腰を引き上げる
米寿から卒寿まで
二人三脚で通った
毎週土曜日のクリニック
父娘と半日
これまでの空白を埋めるように
満席の待合室の長椅子に
並んで座る
父はいつも申し訳なさそうに
手間をかけることを謝る
ぶっきらぼうな私だが
本当はどこかで
この時間が嬉しかったのだ
もう父と並ぶことはない手すりに
今 一人寄りかかり 感じたい
父の面影を
身を預けられた重みを
共同歩行をした季節を