ホーム入居の朝

抜き足差し足忍び足

脱いだ靴を持ちながら

一人暮らしの母の家に侵入



居間の入口から覗き込むと

母はこちらに顔を向けて

ソファーに腰掛けている

私に気付いていない




数日前からこっそり荷造り

着替えや日用品を小分けにし

押入れの奥に隠しておいた



万が一 母と鉢合わせした時

言い訳が難しい布団と枕を

手始めに運び出す



集合住宅の三階から一階の階段を

そろりそろりと昇り降り

十ばかりの荷物を全て運び出した



次は駐車場の傍へ

ジリジリ照りつける炎天下

汗だくになりながら運ぶ



老人ホームの仲介人が

約束の時間より早めに着いた



社用車で施設に

荷物を運んでくれている間



私は涼しい顔で家に上がり

母と朝の挨拶を交わし

しばし向かい合って座った



母は出しっぱなしの

固くなったパンを見ながら

「イチゴジャムを買ってきてね」と言い

私は頷いた



「そろそろ着きます」とショートメール


母に帽子を渡しながら

外に誘い出す



母は私を微塵も疑っていない

荷物を運び終えた空っぽの車に

母と後部座席に座る



どこへ行くかは言わないし

母からも聞かれなかった



いつものように

病院かデイケアサービスに

連れて行かれると思っているのだろう



施設に着くと二階のフロアに案内された


そこには七名の入居者が

二つのテーブルに分かれて座っている



母は何かを察したのか

離れたところで説明を受ける私から

不安気な目を離さない



しばらくしてお昼ご飯が出されても

落ち着かない様子



ふいにウェイターを呼ぶように手を挙げ

「華伊さんの分も!」と心配する


「私はさっき食べたからいらないよ」と言うと

やっと食事を始めた


食事を終えて一息ついた頃

「美味しかった?」と聞くと

「美味しかったよ」と答えた



だが安心も束の間・・・



「慣れないところは嫌だ」

「一緒に帰りたい」


繰り返し私の耳元で駄々をこね始めた



母に与えられた部屋に入ると

介助者を間にベッドの上に三人並んで座った

母は腰を撫でられながら

不安な表情を浮かべる



介助者が母に趣味の話を聞き出している隙に

「トイレに行ってくる」と言って

母を置いて施設を後にした






ホームシックにならないように

しばらく面会もできない



毎朝の安否確認も

買い物も

薬や食事の管理も

ゴミ出しも

保護された交番に迎えに行くことも

これからはしなくていい



肩の荷が降りて

清々するだろうと思っていたが

いざ離れてみると

寂しさや悲しみが込み上がる



父の死から二ヶ月半

家族三人は一気にバラバラになった




家族の悩みから解放されて

やっとこれから

自分の人生を歩めるというのに

母と離れて五日目になっても

気持ちが晴れないでいる

“ホーム入居の朝” への2件のフィードバック

  1. こんにちは!
    はじめまして〜
    施設ケアマネをしています。

    2年前までグループホームで管理者兼ケアマネをしていました。

    入所を決意することは、大変なエネルギーですよね・・

    自分を産んでくれた大切な母親

    心配は絶えないと思います・・

    お母様のためにも、良い選択だったと思って下さい(^^)/

    きっと馴染めて楽しい日々になるでしょう~🍀

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    • はじめまして!
      ケアマネさんなのですね。担当してくださっているケアマネさんにもたくさんお世話になっています。
      安心と安全のためにも良かったのですよね。ホッとしました。
      ありがとうございます(^-^)

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